冬の水都大阪ウイーク 水辺の散歩道
📅 2024.12.25
大阪市北区
2024.12.26
2025年に開催予定の大阪・関西万博(通称:大阪万博)は、海に囲まれた人工島・夢洲(ゆめしま)が会場です。現在、夢洲では桟橋の設置工事が行われているため、完成すれば「船でも行くことができる万博」が実現する予定です。船上から見える水辺には、いったいどんな光景が広がっているでしょう。今回は大阪の水辺と舟運(しゅううん)の活性化に取り組む水都大阪コンソーシアムの松井伊代子さんを取材しました。
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大阪市には何本の河川が流れているか、ご存知ですか? 大阪市建設局道路河川部河川課の調査によると、全部で33河川。総延長146.0キロメートルもの長さになります。このように大阪は街のいたるところを川が流れているのです。
大阪は古来より舟運(しゅううん)に支えられて発展し、明治時代には“水の都”と呼ばれました。しかし時代が大正・昭和になって輸送手段が陸・空へと移行し、さらに高度成長期に水質汚染が進んだため、川と人のくらしの間には大きな距離ができてしまったのです。
1980年代から、遠い記憶となりつつあった“水都”の再生を目指す機運が芽生えはじめ、2001年に「水都大阪の再生」の取り組みが国の都市再生プロジェクトに指定されて以降、水辺のシンボルとなる空間や船着場の整備、護岸や橋梁などのライトアップなど、今日までさまざまなプロジェクトが進められてきました。そして2025年の大阪・関西万博をきっかけに、大阪ではさらに観光船の運航拡充をにらみ、水上ショーの開催を計画するなど、国内外へさらなる魅力発信に努めようとしているのです。
今回の記事では「水都大阪」プロジェクトを運営している「水都大阪コンソーシアム」事務局長の松井 伊代子さんに、大阪の川の魅力や水都大阪コンソーシアムが開催しているイベントの詳細、さらには今回の万博との関わりや水都大阪の展望について、お話を伺いました。
水都大阪コンソーシアム 事務局長
松井 伊代子
1987年、大阪商工会議所に入所。地域商業振興、女性活躍推進、中小企業情報化支援などの事業担当を経て、2021年から現職として出向中。夢洲で開催される万博をきっかけに、世界にも稀な「水の回廊」におけるさらなる賑わいを創出すべく、公民で構成するコンソーシアムメンバーとともに取り組んでいます。
公民連携のプラットフォームとして、大阪府と大阪市、経済界に加え、大阪観光局・舟運団体・学識者などの構成団体とともに、大阪の水辺の賑わい創出や舟運の活性化、水都大阪のブランディング、情報発信を推進する「水都大阪コンソーシアム」。2017年に事業を開始した水都大阪コンソーシアムの特徴は、観光船を運営する会社が集まる団体が参加している点にあります。
舟運の活性化は水都大阪の大きな取り組みの一つです。取り組みとしては、たとえば複数の船着き場の近辺でライブイベントを開いたり、キッチンカーを出したりして、船着場同士を船で行き来できるイベントなどを実施してきたんです。
松井さんがお話してくださったように、「舟遊び」は大阪の大きな魅力の一つです。大阪城から中之島までの都心部を巡る水上バス「アクアライナー」や、新大陸に到達したコロンブスの旗艦サンタマリア号をモチーフに約2倍の規模で建造した大阪港の観光船「サンタマリア」、道頓堀川の9つの橋をくぐる「とんぼりリバークルーズ」、明治時代の川蒸汽船の面影を残すグルメ船「ひまわり」など、さまざまな顔を持つ客船が川や海を往来しています。この頃はさらに進化し、電気で進む船もあるのだそうです。
初めて船に乗られた方は皆、水辺の多彩な風景に驚かれますね。近辺にお住まいの方でも「中之島でいつもジョギングしているけれど、川からだと風景がこんなに違って見えるって知らんかったわ~」とおっしゃいます。
水都大阪コンソーシアムが主催する数々の企画のなかでもとりわけ目を惹くイベントの一つが八軒家浜船着場での「天満橋水上ミニ花火」。四季の水都大阪ウイークや万博開催前イベントなどと連携して開催され、一回につきおよそ300発の花火が打ちあがります。
船会社さんたちも花火を鑑賞するためのクルーズツアーを運行してくれて、盛りあがってきています。大阪に観光に来られた方が、ホテルでお食事を楽しんだあと、船で花火を鑑賞する、そんなレジャーのかたちを定着させたいなと思い、今年度は5回、開催します。
ほかにも春には桜やバラなどのお花見クルーズ、夏には橋の下に風鈴を吊るした涼み船、冬はイルミネーションクルーズとコラボして船着き場に屋台を出すなどしながら川や水辺の活性化に取り組んでいます。
2023年11〜12月に八軒家浜で開催した「冬の水都大阪ウイーク 中之島EAST 水辺の散歩道」では「大阪・光の饗宴」との連携により約17,000名の来場を記録。今年10月中之島公園・天満橋・八軒家浜で開催された「秋の水都大阪ウイーク水の都パビリオン」は約13,000名の来場となりました。
水辺にお客さんに来ていただき、「船ってこんなに楽しいんだ」「私も船に乗りたいなぁ」と感じていただいて、水都としての大阪の魅力を伝えたいと思っているんです。
▼なぜ大阪が水の都に? 理由は秀吉の都市開発にあった
水都大阪。大阪が「水の都」と呼ばれた背景の一つには、豊臣秀吉による都市開発があります。たとえば現在の北浜と天満橋の間を南北に流れる東横堀川は、実は秀吉が大阪城の築城と並行して外濠(そとぼり)として掘った川。このように秀吉は街にさまざまな水路を敷きながら城下町を造りあげていきました。
またこの頃、商人たちも競って堀川(人工河川)の開削の許可を取り付けました。今では考えられないですが、なんと町人が私費を出しあって川を掘り、橋を架けたのです。
こうして、街に縦横無尽に流れる堀川には荷物を載せた船が行き交い、船場を中心に蔵屋敷や商家の真正面まで船をつけて荷を下ろすなど、物流を支える重要な役割を担いました。昆布だしが浪花の味になったのも、昆布の生産地である瀬戸内海からの航路ができたおかげ。大坂(のちの大阪)が全国一の交易拠点として名を馳せ、「天下の台所」と呼ばれるようになった背景には、川があったのでした。
▼「水の回廊」を再生させた水都大阪
ところが、大正時代から大阪の川の状況が大きく変わってゆきます。
輸送手段が船から鉄道、自動車など陸運に変わり、次第に川の存在が忘れられはじめたんです。さらに第二次世界大戦で戦災に遭った建物の瓦礫(がれき)処理のため、瓦礫を堀川に埋めてゆきました。そのため水路が減っていったんです。高度経済成長期になると排水による公害が問題視され、川は見向きもされなくなっていきました。
このように川によって栄えた大阪ですが、戦後、さらに人々が川の恵みを忘れてしまっていた時期がありました。しかし1980年頃から、そんな川を改めて評価し、再び水の都と呼ばれた時代のきらめきを取り戻そうという機運がうまれたのです。画期となったのが2001年。国が水の都・大阪のシンボルである中之島を都市再生緊急整備地域に指定した頃でした。
舟運で栄えていた水の都・大阪をなんとか再生させようと、行政が水門の設置や清掃船によって鮎やうなぎが帰ってくるまでに水質を改善したり、船着き場を造ったり、河川公園・遊歩道・架け橋のメンテナンスをしたり、護岸をライトアップしたりと、ハード面の整備をはじめました。
ハード面の整備でもっとも大掛かりだったのが「水の回廊」です。大阪には川が都心部をロの字に廻る、世界でも稀な場所があります。堂島川・土佐堀川・木津川・道頓堀川・東横堀川が織りなす四角形は、名付けて「水の回廊」。船で回れば1周90分の距離となります。
さらに2000年代の半ば頃からはハード面だけではなく、ソフト面で賑わいを生みだしていこうというムーブメントが起きはじめました。きっかけとなったのが“水都大阪2009”というイベントです。中之島公園や水の回廊を中心とした市内各所で、アート舟の巡航や船着場でのリバーマーケット、近代建築はじめ川や橋梁などを船で巡る水都アート回廊などが催され、大阪の水辺が沸きに沸きました。大きな黄色いラバーダックがデビューしたのも、このイベント。川に背を向けていた建物が、川からの眺めを意識して改修されはじめたのも、この頃からなのです。
このように水都大阪は水辺のハード面・ソフト面の両面から、水辺を活用した魅力づくりに貢献し、さらに推進しています。
▼船で行ける万博は世界的にも珍しい
2025年に開催される大阪万博の会場へも、もちろん船で行ける予定です。会場となる場所は四周を海が囲む人工島・夢洲。船で往来できる万博会場は世界規模で見ても極めてレアケースなのです。
現地へ向かう途中で川船から海船へ乗り換えるというシステムも、多くの来訪客は初体験となるでしょう。一生の宝物と言える想い出になりそうです。そして水都大阪コンソーシアムでは、航路を活用したクルーズの支援を行っています。
夢洲には桟橋が二か所設けられ、万博期間中には船での行き来が可能になります。大阪万博まで船で行き来できるメリットの一つは、乗船自体が市内観光になるということ。船を乗り継げば大阪城へも行けるし、大阪城の内濠では御座船に乗ってお城の石垣を身近に見ることができますよ。食の都大阪でおいしいごはんを食べて、歴史に触れて、万博会場へ船で行ける。素敵でしょう? せっかく船で行けるハードが整っているのですから、航路を活用した一味違う旅行メニューの展開をサポートしていきたいし、大阪観光も船で実現できることをアピールしてゆきたいですね。
▼民間の事業者に協力しながら水辺を盛りあげている
現在、大阪万博の開催に合わせ、安治川左岸に「中之島GATEターミナル」という川船と海船を乗り継ぐ拠点も建設中です。万博会場となる夢洲、大阪の象徴である大阪城、そしてミナミの一大繁華街である心斎橋・道頓堀など、大阪中心部の観光地へ船でアクセスできる水辺のハブとして整備が計画されています。
そういった来るべき船での往来に備え、すでに大阪水都コンソーシアムが主催する特別航路の社会実験ツアーが行われています。大阪万博を機会に、見慣れた街を改めて川から眺めてみると、気が付かなかった新しい大阪の姿が見えてくるかもしれません。
万博開催半年前にあたる10月12〜13日に、万博に向けた特別航路の社会実験ツアーを開催し、約480人の方にご参加いただきました。大阪市内から船を乗り継いで夢洲を周遊するコースで、船内でもエンターテインメントを楽しんでいただく趣向です。
夢洲周遊では建設中の万博会場を海上からご覧いただきました。また、船に乗る前、降りてからの観光も楽しんでいただくために飲食店さんやホテル、博物館・美術館など水辺の関係施設や別ルートの船と連携をして、お客さんの声も聞きながら試行錯誤をしているところです。
船内エンターテインメントのコンテンツを作ったり、マップを作成して、QRコードで観光スポットの動画が視聴できるようにしたり。手を変え品を変え、社会実験をし、お客様が満足してくれた結果を船会社さんや旅行会社さんにフィードバックすることで、万博開催時、万博後の魅力ある水都のコンテンツを育てたいですね。
取材を終えようとしたとき、松井さんが「こういうグッズを作ったんです」と、あるものを見せてくれました。それは「水都大阪かるた」です。
読み札をめくると……。
あ 秋限定 生駒山から ご来光
こ 昆布出汁(こんぶだし) 北前船(きたまえぶね)でやってきた
と 道頓堀川 舟で乗り付け 芝居小屋
などなど、どの札も大阪と川の関係を詠んでいます。
大阪水都コンソーシアムの指針の一つに「シビックプライド」(地域や自治体に対する住民の誇りや愛着、そして地域社会に貢献する意識)の醸成があります。お子さんにも「大阪は水都なんだよ」と知っていただき、誇りに思ってもらいたい。その手段としてカルタを作りました。たとえ言葉の意味がわからなくても、絵札を取るうちになんとなく憶えて、大人になって初めて意味を確認する、そんなゆっくりした感じでいいと思うんです。
読み札にはそれぞれ川にまつわる解説が書かれており、とても勉強になります。道頓堀川はそもそも東横堀川の流れをよくするために掘られたとは知りませんでした(現在ではメジャー度が逆転していますね……)。このようにお子さんだけではなく大人も充分に楽しめ、地元大阪の川にさらに愛着が湧きます。
水都大阪コンソーシアムの重要な事業の一つが”水辺のファン”を作ること。万博を控えインバウンドの皆さんも情報がリーチできるように発信するとともに、「大阪にいても船に乗った経験がない人にも届くように」と心を配っています。旅先で船があったら「乗ってみよう」と思うでしょうけれど、自分が住んでいる街の船って意外と乗らないじゃないですか。それでも「乗ってみたら楽しいよ。景色が全然違って見えるよ」って皆さんに知ってもらう地道な活動もやっていく必要があるよね、そういう気持ちなんです。大阪の水辺では、船に乗っている人と陸側にいる人がどちらからともなく手を振りあうんですよね。この習慣をもっと広げていきたいです。
大阪市の市章である「みおつくし」は、船が安全に航行できるよう、河口の浅瀬に立てられた標識をデザインしたものです。古来より大阪は水の流れとともにありました。これから大阪万博へと向かう船は、大阪はもとより日本・世界が進むべき未来へと進んでいる。水都大阪が生み出す数々の活動は、私たちが進むべき航路の標識であり、世界の水先案内人になっている、そんな気がします。
取材・文:吉村智樹
写真:吉村智樹/はまだみか
企画・編集:人間編集部