第4回深江まつり
📅 2024.11.3
大阪市東成区
2024.7.8
自治体として唯一、大阪ヘルスケアパビリオン展示・出展ゾーンの事業企画を行う八尾市。3,000社以上の製造業者がひしめくものづくりのまちとして、長く大阪の産業を支えるこの地で町工場をパビリオンにすべく動く松尾泰貴さんに、八尾の魅力とこれからを尋ねました。
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高度経済成長期以降、河内木綿に代わる新たな産業として歯ブラシ製造が盛んになり、国内生産のトップシェアを誇るようになった八尾市※。河内音頭発祥の地として知られるほか、肥沃な土地が耕作に適していたことから弥生時代には人が集住し、市内には古墳も残ります。
※2024年時点で統計は更新されていないが、全日本ブラシ工業協同組合の「歯ブラシ関係」50社のうち15社を八尾市内の企業が占める(出典:全日本ブラシ工業協同組合)
隣接する東大阪市が「中小企業の街」と呼ばれるように、八尾市内にも大小さまざまな企業が集積。子ども服のミキハウス、大阪の食卓に欠かせない旭ポンズの旭食品、新たな大阪みやげとしてフエキくんグッズが人気の不易糊工業が有名です。また、任天堂を主要取引先とする総合電子部品メーカー・ホシデンなど上場企業も3社あり、ものづくりの街としての実力は相当なもの。それを裏づけるのが、製造業だけで3,000社超という堂々たる数字です。
大阪・関西万博の「大阪ヘルスケアパビリオン」の展示・出展ゾーン(中小企業・スタートアップ)では、そんな八尾市が府内の自治体として唯一出展します。旗振り役を務めるのは、元八尾市職員にして現在はインテリア通販からまちづくりまで幅広く事業展開する友安製作所で働く松尾泰貴さん。町工場のある街の魅力をいかに可視化し、深化させていくかを聞きました。
松尾泰貴
大阪府八尾市出身。1984年生まれ。関西大学卒業後、八尾市役所に入庁。秘書課、産業政策立案を経て、経済産業省で関西圏内のベンチャー政策に携わる。その後、八尾市にてものづくり共創拠点「みせるばやお」を立ち上げ、『地方公務員アワード2019』を受賞。2020年にオープンファクトリープロジェクト「FactorISM」を立ち上げ、83社11エリアにまたがる広域的な取り組みへと発展。2021年、友安製作所に入社。2022年よりソーシャルデザイン部担当執行役員となり、まちづくり事業を立ち上げる。ForbesJAPANのスモールジャイアンツイノベーターに選定。和歌山県専門家、八尾市、大阪市生野区の公共事業のプロデュースを行う。まちづくりに関する講演は年間40本以上。
大学時代、大手メーカーからの内定を得て、学生生活の後半を海外でのバックパッカー生活に充てたという松尾泰貴さん。結果的に内定先に断りを入れ、まちづくりに執念を燃やす異端の行政マンとしてキャリアを積むことになりますが、その背景には異国の地での出会いがあったといいます。
イタリアで会ったグアテマラ人に「俺の街はコーヒー産業がとても盛んなんだ」と熱弁されて。その時「自分は生まれ育った八尾のことをこんな風に語れない」と気づかされたんです。でも、少年時代の記憶をたどると、工場と地域の接点はあった。その希少性を再認識すると共に「八尾の広報やまちづくりに関わりたい」と思ったんです。
メーカーに内定辞退を告げ、新卒で八尾市役所に入庁した松尾さん。しかし、広報や産業振興がしたいという意欲とは裏腹に、最初に配属されたのは秘書課でした。
チャンスが巡ってきたのは5年後。経済環境部に配属され、産業政策の立案、次世代経営者養成講座の運営などに携わりました。ようやく念願がかなったかに思えましたが、わずか2年後の2015年に経済産業省への出向を命じられます。出向先は近畿経済産業局。ベンチャー支援の場づくりが主な業務でしたが……。
国が期待しているのはGAFAMレベルの革新性を伴う企業の出現で、そこに自らの思いとのギャップを感じていました。それこそ八尾とは縁遠くて。ところが、ひょんなことからアトツギ(後継者)を前提としたベンチャー型事業承継を支援する山野千枝さんと出会って「ベンチャー」の定義が広がる実感が持てた。これなら後継者問題を抱える企業が目立つ八尾も射程圏に入ってくるなと。
近畿経済産業局で数々のアトツギベンチャー支援に携わった松尾さんは、2017年に市役所に復帰。翌年夏には、近鉄八尾駅前の複合施設「リノアス八尾」に、「ものづくりエンターテインメント」を掲げる中小企業イノベーション拠点「みせるばやお」をオープンさせました。
さらに、クリエイターと地元企業の共創から新しい生活雑貨を生み出す「YAOYA PROJECT」、オープンファクトリープログラム「FactorISM(ファクトリズム)」と、あらゆる手立てに打って出ます。
いずれも横の広がりを強化し、アトツギの育成をも視野に入れた取り組み。みせるばやおに至っては設立7ヶ月で100社以上の企業が登録、多くのコラボレーション事例が生まれました。そんな功績が認められ、2019年には松尾さん自身が「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード」に選出されました。
しかし、実績を残せど異動という宿命からは逃れられないのが公務員という職業。2021年3月に市役所を退職した松尾さんは、かねて交流のあった友安製作所に転職。まちづくり事業に加え、市内での起業支援、店づくり、プロモーション、さらには大阪・関西万博での八尾のPRを民間企業の役員の立場で請け負う現在に至っています。
松尾さんが仕掛け人となり、2018年に発足した「みせるばやお」は、地元企業のイノベーション推進拠点であり、ものづくりの粋を「魅せる場」。子どもたちにものづくりの楽しさを伝えるワークショップや、登録企業の製品を展示・販売する「みせるばマルシェ」など、さまざまな施策を展開しています。
施設の重要な役割のひとつが、次代を担う若者に八尾で培われてきた技のすごみを伝えること。また、お試しで間借りの飲食店営業ができる仕組みもあり、出店希望者が参画企業に店舗設計の相談をしたり、ここでファンをつけた店が実店舗のオープンに漕ぎつけたりといった成果も出ています。経営者がよく訪れる場所ゆえに、こうしたビジネスとしての発展も期待できるのです。
ここからはみせるばマルシェで展示・販売されている、八尾の企業の「すごい技術」が詰まった製品をご紹介します。
トップバッターは、鉄フライパンの老舗「藤田金属」。創業から70余年、金型製造から金属加工、販売までを一貫して行うことで、高品質な製品を世に送り出す文字通りの町工場です。
藤田金属さんといえば、この「フライパン ジュウ」。東京のデザイン事務所との協業から生まれた製品で、取っ手を外してそのまま食卓に出せるリムがついた形状が特徴です。熱伝導性に優れ、熱々をそのまま食卓に出せるのでおすすめですよ〜!
戦前にゴム商社として産声を上げた錦城護謨。土木、医療、福祉といった分野に優れた製品を供給してきましたが、近年は「KINJO JAPAN」のブランド名でBtoC商材にも長年のゴム加工技術を活かしています。
ガラスのように見えるけど、シリコーンで作られたグラスなんです。熱が伝わりにくい素材なので、手にしていても氷が溶けにくい機能性が見逃せません。八尾が誇るトップレベルの職人の手によって生み出された「ありそうでなかった」商品です。
続いて紹介するのは、創業100年の老舗「木村石鹸」。初代がドラム缶ひとつを釜代わりにはじめた事業は、いまも「釜炊き製法」という昔ながらの技術として受け継がれています。掃除や洗濯といったシーンにも、続々と新しい製品を投入しているのが特徴です。
この家庭用酸素系漂白剤「そこかし粉」は、その名の通り、衣類のシミ抜き、油汚れの除去、洗濯槽の掃除など、家中の「そこかしこ」で使えるのが特徴。多用途でありながら水に溶けやすく、その洗浄力は折り紙つきです。
また、みせるばマルシェには「不易糊工業」から、飛ぶ鳥を落とす勢いの「フエキくん」グッズもずらり。メモ帳、マスキングテープ、筆記具などなど充実のラインナップです。
改めて思うのは、八尾でがんばっている企業のアトツギ経営者は、変わった人が多いなということです(笑)。大手IT企業から家業の表具店に戻ってきたり、友安製作所の社長も高校からアメリカに渡ってMBAまで取得したのに、地元に根差した活動をしていたり。技術がすごいだけではなく、人がおもしろいんです。
そんな、アトツギ経営者たちとはじめた新たな取り組みが「FactorISM」。今度は、ものづくりの現場を一般公開し、生産者の思い(ISM)を体感してもらう、アトツギたちの「文化祭」の模様を紹介します。
「FactorISM」は、伝統産業をはじめ、鉄鋼・樹脂・繊維・食品・化学など、さまざまな企業が、ものづくりの現場を一般公開する関西最大級のオープンファクトリーイベント。2020年に松尾さんが八尾市役所の職員として立ち上げ、市役所を退職したいまも統括プロデューサーとして運営に関わっています。
2023年は83社が参加し、2万人以上を動員。公益社団法人2025年日本国際博覧会協会が推進する「Co-Design Challenge」プログラムにも採択され、参加企業の工場で出た廃材などで製作する椅子やテーブルなどが、万博会場に設置されることが決まりました。
実際、昨年からはFactorISMのコンテンツのひとつとして、工場廃材を使ったアート作品をつくる「LIVEISM」をスタート。町工場とアーティストをマッチングし、ものづくりの過程で出る端材や廃材で新たな価値を創造するプロジェクトです。
ところが、FactorISMを立ち上げて「これから」という時に異動をほのめかされた松尾さん。「まちづくりに関わり続けるために自分で起業しよう」と決心したところ、旧知の友安製作所の社長から「うちで全部やったらええやん」とスカウトされました。思いがけず転職した友安製作所では、メディア事業部を立ち上げて、FactorISMのガイドブック、プロモーションムービーの制作など、クリエイティブ監修や事務局業務に携わっています。
松尾さんの次なる野望は、八尾という街に常にオープンファクトリー的な性格を持たせ、都市を越えた企業や個人のつながりをつくること。町工場を開かれた場所にし、一般の人との接点を増やすことで新しい価値が創造されることを期待しています。
八尾のアトツギ経営者たちの団結力がすごくて、楽しんで参加してくれています。いつの間にか参加企業による有志バンドまで結成されて「テーマソング作りました」と言われたことも(笑)。テーマソングがあるなら……と、プロモーションムービーをつくるなど、現場のアイデアを発展させるのも僕の役割です。
なお今年のFactorISMは、2024年10月24日(木)~27日(日)の開催を予定しています。
1人の行政マンが周囲を巻き込み、ものづくりの街の魅力が再定義されていく流れは現在、2025年の大阪・関西万博へと向かっています。八尾市が府内の自治体でただひとつ、万博の大阪ヘルスケアパビリオンへの展示・出展ゾーン(中小企業・スタートアップ)の出展が決定しているのは前述の通り。松尾さんは現在も行政と密に連携を取りつつ、一方では名だたる企業と肩を並べつつ、世界に向けて八尾の魅力を発信しようと意気込んでいます。
八尾市のブースには現在13の企業が参加予定。松尾さんはブースの空間プロデュースを担当します。
個々の技術をばらばらにアピールするのではなく、八尾市の企業が力を合わせて未来社会につながる新技術や価値を提案する内容を計画中です。熊野筆に使われる毛、ブラックステンレス、金網など現物に触れる体験を通して、30分でインスピレーションを感じてほしい。題して「とにかくさわる博」です。パビリオンで八尾の魅力を体感してもらって、実際に八尾を訪れてみたら街自体がパビリオンみたいだったらおもしろいと考えています。
夢洲会場から八尾へ――八尾という街が持つ「コンテンツ力」のブラッシュアップは、万博本番まで続きます。そして会場での出会いがまた、街に新たな魅力を芽生えさせることでしょう。
取材:トミモトリエ
文:関根デッカオ
写真:はまだみか
企画・編集:人間編集部